近年、軽量かつ柔軟で生体に優しい「ソフトマテリアル」が注目を集め、生体組織との類似性ゆえに、人工臓器の最右翼とも目されている。しかしながら、今日の人工ソフトマテリアルは、果たして本当に生体組織に似ているだろうか? 改めて見比べると、殆どの人工ソフトマテリアルは等方的である一方、多くの生体組織は巨視的に異方的であることに気づく。筋肉・骨・神経に代表されるように、異方構造はしばしば、優れた機能の根源となる。当チームでは、磁場などの外場を利用し、高度な配向が巨大なサイズで連続した異方的ソフトマテリアルを合成するとともに、その特異な機能・物性を探求し、より生体に近づいた人工材料の開拓を目指した研究を行っている。
エントロピーの増大に逆らう力学極性ゲル:物質・エネルギー・生物を整流化する革新材料
外部からの刺激に対し非対称に応答する、すなわち極性応答する物質やシステムが近年、様々な方面からの注目を集めている。電気・磁気・光の刺激に対して極性応答する材料は、長年にわたり研究されてきた一方、「力」に対して極性応答する材料は、その存在すら想定されてこなかった。その初の例として我々は、斜めに配向させた酸化グラフェンのナノシートを三次元ポリマー網目の中に埋め込んだ複合ゲルを開発した。このゲルに横方向の剪断を加えた際、左向きの剪断ではナノシートが座屈し、ゲルは容易に変形する一方、右向きの剪断ではナノシートは座屈せず、ゲルは強固に抵抗する。この左右の剪断における硬さには67倍もの差があり、ゲルはあたかも「一方向にしか通り抜けられない扉」のように振る舞う。その結果このゲルは、対称または乱雑な振動から非対称な振動を生み出す・接触する物体を一方向に輸送する・衝突する物体を非対称に反発する・線虫の集団を一方向に走行させるなど、エントロピー増大に逆らう機能をさまざまな場面で発揮する。
力学極性ゲルによる物質・エネルギー・生物の整流化
ナノシート間の静電反発力を利用し、異方的に補強されたヒドロゲル材料
- 層に垂直方向の荷重に耐え、水平方向に変形。防振材料などへの応用に期待 -
電気的・磁気的な「反発力」を利用した、リニアモーターや磁気ベアリングなどの装置は、「引力」を利用するだけでは得られない特別な性能を発揮する。これに対し、ゴムやプラスチックなどの高分子材料では、構成要素間の「引力」を強めることで強度向上が図られるものの、「反発力」を利用する試みは全く行われてこなかった。一方、動物の関節軟骨は、高密度の負電荷を帯びた高分子で構成され、その静電的な「反発力」により、高い耐荷重性と低摩擦性とを両立している。
我々は、水中に分散したイオン性の酸化チタンナノシートに磁場を印加すると、全てのナノシートが磁場に対して垂直に配向し、ナノシート同士が互いに面と面を向き合わる結果、ナノシート間に巨大かつ異方的な静電反発力が現れることを見出した。この水分散液をゲル化すると、異方的な静電反発力を内包したヒドロゲル材料が得られる。この材料は、縦方向の荷重に耐えつつ、横方向には容易に変形するという、通常の材料では実現しにくい特異な力学物性を示し、防振材料として優れた性能を発揮する。
今回の発見は、これまで全く省みられなかった「反発力」が、構造材料の力学物性を制御する上で極めて有用であることを実証したもので、今後の材料設計に大きな影響を与えると期待される。
異方的な静電反発力を内包したヒドロゲル