当チームでは、新規な有機半導体高分子材料の開発と、それらの有機電子デバイスへの応用に取り組んでいる。特に、薄膜形成時における分子間の相溶性や相互作用を考慮した精密な有機半導体分子設計により、これまで基礎化学の範疇であった分子自己組織化を優れた機能に結びつけることを狙い、高分子薄膜中の分子レベル・ナノレベルの構造を自在に制御する手法を探求している。その結果として得られる、これまでにないレベルでの構造制御によって、電子デバイス性能を飛躍的に向上させるためのブレークスルーを探索している。ターゲットとしては、薄膜太陽電池や電界効果トランジスタなどの既存の有機電子デバイスに加えて、新規な機能を持ったデバイスの開発にも取り組んでいる。
分子内二重プロトン移動を示す有機半導体
分子内水素結合を有する新たな有機半導体として、3,3′-ジヒドロキシ-2,2′-ビインダン-1,1′-ジオン(BIT)構造の応用の可能性を検討した。1,3-ジオンとニンヒドリンとの付加反応とそれに続く水酸基の水素化反応に基づく温和な条件下での新しい合成経路を開発した。この合成経路により、従来の高温合成では困難であった非対称な置換構造を含むいくつかの新規BIT誘導体を得た。BIT誘導体は、溶液中で分子内二重プロトン移動による迅速な互変異性化を示した。この互変異性化は、X線回折とMAS13C固体NMRの温度可変測定によって固体状態でも観察された。量子化学計算により、二重プロトン移動と電荷輸送の相互作用の可能性が示唆された。有機薄膜中での横方向電荷輸送に適したラメラ構造を持つモノアルキル化BIT誘導体は、有機電界効果トランジスタにおいて、最大0.012 cm2 V−1 s−1の正孔移動度とその低い温度依存性を示した。この結果は、有機固体中における電荷とプロトンの動きの相互作用を調べる上で重要な成果である。
X線構造解析の電子密度差解析によって、分子内中央で2つの位置の間で交換するプロトンが観測されている。
有機太陽電池の駆動に必要なエネルギーを解明
優れた特性を示す有機太陽電池素子を開発するためには、太陽電池に用いられる有機電子ドナーとアクセプターの2種類の材料の電子エネルギーを最適化する必要がある。しかし、そもそも太陽電池の駆動に必要な電子エネルギーの差はどのくらいなのか?という点が明らかにされておらず、最適化の明確な指針がない状態であった。
当チームで開発された手法による平面ヘテロ接合を使うことで、本質的な光電変換の素過程を研究することができた。平面ヘテロ接合界面近傍の電子エネルギーを様々な実験手法で正確に評価し、光電変換の外部量子収率と、材料の光学定数を用いた光学シミュレーションから電荷生成効率を求めた。電子ドナー材料4種類と電子アクセプター材料4種類、合計16個の素子を系統的に評価した結果、分子の励起状態と界面での電荷移動状態の間に0.2~0.3 eVのエネルギー差があれば、光を電流に効率的に変換できることを見いだした。一方で、これまで重要と考えられてきた電荷移動状態と自由電荷状態のエネルギー差は、電荷生成効率との明確な相関が見られなかった。この結果は、これまでの有機半導体開発の指針に修正を迫るものである。
平面ヘテロ接合界面の電子状態間のエネルギー差と電荷生成効率の相関
有機半導体薄膜の表面からの結晶化
高い結晶性を持つ有機半導体の薄膜を作成することは、電界効果トランジスタや太陽電池などの有機電子デバイスの高性能化のために不可欠である。そのために塗布中の溶媒乾燥時における核生成や結晶成長の制御が行われているが、動的で複雑なプロセスの制御が必要であった。また、基板からのエピタキシャル成長による制御も報告されているが、主に蒸着法に限られており、基板の種類にも制限があった。
当チームでは、表面に自発的に偏析する有機半導体分子を用いることで、有機薄膜の結晶化を表面から誘起することができるという新しい現象を見出した。成膜した後に加熱処理するという簡単な方法で、これまでにない高い結晶性を持つフラーレン化合物の薄膜を得ることができた。また表面から誘起された結晶の構造は、通常得られる多結晶薄膜とは全く異なる構造を持っており、薄膜の厚さ方向に結晶の向きが揃っていた。薄膜の高い結晶性により、薄膜の垂直方向の電子移動度が通常の多結晶薄膜に比べて5倍程度向上した。この新しい概念は、有機電子デバイスの高性能化に向けて一般的な重要性を持っている。
表面から結晶化したフラーレン化合物薄膜のX線回折パターン(左)と、それより得られた結晶構造(右)。
Reproduced with permission. Copyright 2018, Wiely-VCH. DOI: 10.1002/anie.201801173