量子機能システム研究グループ

主宰者

主宰者名 樽茶 清悟 Seigo Tarucha
学位 工学博士
役職 グループディレクター
略歴
1978 日本電信電話公社(武蔵野電気通信研究所基礎研究部)(現NTT基礎研究所)入社
1985 基礎研究部 研究調査員(現主任研究員)
1986 マックスプランク固体研究所(独) 客員研究員
1989 基礎研究所 主幹研究員
1990 基礎研究所 研究グループリーダ
1994 基礎研究所 研究グループリーダ兼特別研究員
1995 デルフト工科大学(蘭)客員教授
1998 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授
2004 同 工学系研究科物理工学専攻 教授
2012 CNRS ネール研究所、 ジョセフ-フーリエ大(仏) 招聘教授
2013 理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 部門長
2013 同 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ グループディレクター(現職)
2018 同 創発物性科学研究センター 副センター長
2019 東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻 客員教授(現職)
2020 理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームリーダ(現職)
2024 理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発現象観測技術研究チーム チームリーダー(現職)

研究室概要

固体中の量子状態の制御を原理とする量子情報処理の物理と技術との研究を行なっている。量子情報処理は、エネルギー損失を抑え、安全性を確保できる理想的な情報技術である。我々は、その有効性を半導体中のスピンの量子コヒーレンスと量子もつれの操作、トポロジカル操作、光-スピン変換などの概念に基づいて検証し、新原理、新技術による革新的な応用の道筋を付けることを目指す。具体的には、シリコンのスピンによる小規模量子情報処理回路の構築と同回路中での量子コヒーレンスや量子もつれの制御法の開発、革新的な量子情報デバイスの開発、そして新原理の量子情報を提供する、トポロジカル粒子制御法の物理と技術の探求を課題とする。

研究分野

物理学、工学

キーワード

量子情報デバイス
量子もつれ
量子コヒーレンス
トポロジカル粒子

研究紹介

シリコンスピン量子ビットによる量子誤り訂正

シリコン量子ビットは、既存の半導体微細加工技術との高い整合性を持つことから、精力的に研究されている。我々は3重量子ドット中の3つの電子スピン量子ビットを用いて量子誤り訂正を実証した。3量子ビットToffoliゲートを実装し、それを用いた反復符号において、3つの量子ビットのうち1つの量子ビットに起こる位相反転を訂正できることを示した。

まず、電場駆動スピン共鳴および交換結合の制御によって、1量子ビットの情報を3量子ビットのもつれ状態に符号化する。次に、隣接スピン間の交換結合が同時に有限の状態で、π回転パルスを印加することで、1および2量子ビットゲートに分解することなく、直接3量子ビットToffoliゲートを実現した。

上記の操作を組み合わせることで、3量子ビット誤り訂正回路を実装した。一つの量子ビットに導入した位相反転誤りに対して、訂正操作によって、主量子ビットの忠実度が回復することを確認した。

本成果は、シリコン量子コンピュータ開発における重要なマイルストーンの一つである、量子誤り訂正の原理実証に成功したもので、拡張性のある量子ビットデバイスの開発に向けて、研究の加速が期待される。

図(左) 実験に用いたシリコン3量子ビットデバイス。( 右) 位相誤り訂正の結果(データ量子ビットQ2に対する誤り回復)

シリコンスピン量子ビットにおける高忠実ユニバーサル量子操作の実証

誤り耐性量子計算には、ユニバーサル量子操作の構成要素である1、2量子ビット操作において、99%以上の操作忠実度が必要である。シリコンスピン量子ビットでは、これまで1量子ビット操作で99.9%以上の操作忠実度が実現していたものの、2量子ビット操作忠実度は98%に留まっていた。今回我々は従来に比べ操作を10倍高速化することにより、99%以上の忠実度でユニバーサル量子操作を実現した。

実験には、同位体制御したシリコン/シリコンゲルマニウム量子井戸基板に作製した量子ドット試料を用いた。この量子ドット直上には微小磁石を配置してあり、高速のスピン回転操作が実行できる。この高速スピン回転と量子ビット間の大きな交換相互作用を利用して、2量子ビット操作として最も重要な制御NOT操作の高速化を達成した。その結果1、2量子ビット操作忠実度として、それぞれ99.8%、99.5%の値を得た。

本成果は、シリコン量子ビットが、量子コンピュータ開発をリードする超伝導、イオントラップ系と並ぶ十分な基本性能を持つことを実証したものであり、今後の研究開発の一層の加速が期待される。

図(左) 実験に用いたシリコン量子ビットデバイス。(右)ランダムベンチマーク法による2量子ビットゲートの忠実度の評価。

 

半導体量子ビットの量子非破壊測定

シリコン中の単一電子スピンを用いた量子コンピュータは、半導体プロセス技術による大規模化が期待されることから活発に研究されている。しかし、通常スピンを読み出す際に状態が破壊されるため、誤り訂正をはじめとする、有用な測定ベースのプロトコルの実行が困難であった。我々は、イジング型相互作用を利用して隣接電子に情報を転写、測定することにより、量子非破壊測定に初めて成功した。

実験では、まず、スピン共鳴を利用して電子スピンの任意の量子ビット状態(主ビット)を作る。次に、主ビットを補助ビットと一定時間結合させることにより、両者の間に量子力学的なもつれ相関を作る。その後、補助ビットを測定すると、主ビットの状態を直接測定することなく判定できる。これは、測定行為によって主ビットに誤りを起こすことがない量子射影測定である(量子非破壊測定)。この原理を使うと、補助ビットの繰り返し測定によって、主ビットの測定精度を大きく上げられる。

本成果は、量子誤り訂正回路の具体的な実装法を示すもので、半導体量子コンピュータの大規模化の原理的ブレークスルーになるものと期待される。

図(左) 実験に用いた二重量子ドット試料の模式図。 (右) 量子非破壊測定の概念図。

 

シリコン量子ドットで超高忠実度量子ビットを実現

次世代のコンピュータの候補として、新しい動作原理に基づく量子コンピュータの研究が世界的に活発化してきている。その情報を担う最小単位を量子ビットと呼び、量子コンピュータの実用化には高性能な量子ビットを大量に並べる必要がある。シリコン量子ドットを用いて高性能な量子ビットを実現できれば、集積の際にエレクトロニクス技術が応用できると期待されている。

量子ビットを高性能化するには、トレードオフの関係にある情報保持時間と演算速度の両立が鍵となる。本研究では、情報保持時間を改善するため核スピンをもつ同位体を排除したシリコン基板上に量子ドット(図A)を作製し、演算速度向上のため磁場勾配を付与する微小磁石を近傍に配置した。これにより通常の約10倍の量子情報保持時間と約100倍の演算速度を同一試料で実現し、量子情報を保持したままの量子ビット操作(図B)が可能となった。その演算忠実度(精度)は99.9%と、量子コンピュータに必要とされる水準を達成した。

本成果は、産業集積化に適していると考えられるシリコン量子ドットで超高忠実度な量子ビット実装法を確立するもので、今後のシリコン量子コンピュータ開発の加速が見込まれる。

 

図

(図A) 用いた量子ドット量子ビット試料の概念図
(図B) 超高忠実度スピン回転操作により生じるシェブロン模様

メンバー一覧

樽茶 清悟 Seigo Tarucha

グループディレクター tarucha[at]riken.jp

中島 峻 Takashi Nakajima

上級研究員

武田 健太 Kenta Takeda

上級研究員

野入 亮人 Akito Noiri

研究員

Leon Luca Caspar Camenzind

研究員

Ikkyeong Jin

特別研究員

Jacob Francis Chittock-Wood

研修生

Michael Desmond Fraser

上級研究員

大塚 朋廣 Tomohiro Otsuka

客員研究員

松尾 貞茂 Sadashige Matsuo

客員研究員

溝口 来成 Raisei Mizokuchi

客員研究員

寺岡 総一郎 Soichiro Teraoka

テクニカルスタッフI

Yi-Hsien Wu

国際プログラム・アソシエイト

Chutian Wen

大学院生リサーチ・アソシエイト

小林 昌平 Shohei Kobayashi

研修生

松岡 竜太郎 Ryutaro Matsuoka

研修生

荒川 雄登 Yuto Arakawa

研修生

主要論文

  1. J. Yoneda, J. S. Rojas-Arias, P. Stano, K. Takeda, A. Noiri, T. Nakajima, D. Loss, and S. Tarucha

    Noise-correlation spectrum for a pair of spin qubits in silicon

    Nat. Phys. 19, 1793–1798 (2023)
  2. S. Matsuo, T. Imoto, T. Yokoyama, Y. Sato, T. Lindemann, S. Gronin, G. C. Gardner, M. J. Manfra, and S. Tarucha

    Josephson diode effect derived from short-range coherent coupling

    Nat. Phys. 19, 1636–1641 (2023)
  3. K. Takeda, A. Noiri, T. Nakajima, T. Kobayashi, and S. Tarucha

    Quantum error correction with silicon spin qubits

    Nature 608, 682–686 (2022)
  4. A. Noiri, K. Takeda, T. Nakajima, T. Kobayashi, A. Sammak, G. Scappucci, and S. Tarucha

    Fast universal quantum gate above the fault-tolerance threshold in silicon

    Nature 601, 338+ (2022)
  5. T. Nakajima, A. Noiri, K. Kawasaki, J. Yoneda, P. Stano, S. Amaha, T. Otsuka, K. Takeda, M. R. Delbecq, G. Allison, A. Ludwig, A. D. Wieck, D. Loss, and S. Tarucha

    Coherence of a Driven Electron Spin Qubit Actively Decoupled from Quasistatic Noise

    Phys. Rev. X 10, 011060 (2020)

研究紹介記事