強相関界面研究グループ

主宰者

主宰者名 川﨑 雅司 Masashi Kawasaki
学位 工学博士
役職 グループディレクター
略歴
1989 東京大学大学院工学系研究科化学エネルギー工学専攻 博士課程修了
1989 日本学術振興会特別研究員
1989 米国 IBMワトソン研究所 博士研究員
1991 東京工業大学 助手
1997 東京工業大学 助教授
2001 東北大学金属材料研究所 教授
2007 理化学研究所 交差相関超構造研究チーム チームリーダー
2010 同 強相関界面デバイスチーム チームリーダー
2011 東京大学大学院工学系研究科量子相エレクトロニクス研究センター 教授 (現職)
2013 理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長
2013 同 強相関物理部門 強相関界面研究グループ グループディレクター (現職)
2023 理化学研究所 研究政策審議役(現職)

研究室概要

当グループでは、運動量空間と実空間の双方において電子構造に幾何学的(トポロジカル)な特異性を持つトポロジカル物質の薄膜や界面を研究対象としている。これらの固体中では、従来の古典力学の理解の範疇を超えた非自明な効果が電子の運動に創発する。実空間の磁気渦や運動量空間の磁気単極子は巨大なホール効果に、光励起された分極結晶ではシフト電流による効率的な光電効果が生じる。これらの電子流は非散逸性が高いと期待でき、この電子流に情報やエネルギーを乗せて運ぶ新規デバイスを設計して実証し、トポロジカルエレクトロニクスという新たな分野を切り拓く。

研究分野

物理学、工学、化学、材料科学

キーワード

トポロジカルエレクトロニクス
薄膜・界面
トポロジカル物質
非自明光電効果
非自明ホール効果

研究紹介

層状半導体の二次元量子井戸における励起子閉じ込めクロスオーバーの検出

電子と正孔の結合状態である励起子を低次元に閉じ込めると、三次元のバルク物質中とは異なる励起子状態が発現するため、低次元系における励起子物性が近年さかんに研究されている。特に二次元の量子井戸中では、井戸層幅に応じて、励起子束縛エネルギーの増加(強い閉じ込め)と励起子の重心運動の量子化(弱い閉じ込め)という、二種類の閉じ込め効果が現れることが知られている。しかし、両者の間の遷移を系統的に調べた例はなかった。

本研究では、大きな励起子応答を示す代表的な二次元半導体であるヨウ化鉛(PbI2)において、原子層レベルで井戸層幅を系統的に変化させた試料を分子線エピタキシー法で作製した。得られた高品質の量子井戸構造の吸収スペクトルは、バンド端近傍において鋭い励起子共鳴と励起子重心運動の量子化による振動構造を示した。量子化エネルギーは、井戸層幅が厚い場合はtight-binding模型で良く説明できたが、5原子層以下になると顕著に高エネルギーシフトが見られ、強い閉じ込め効果が発現していることがわかった。これは、励起子の強い閉じ込めと弱い閉じ込め状態のクロスオーバーを明確に検出した初めての結果である。

層状半導体PbI2の量子井戸構造における井戸層幅に伴う励起子閉じ込め状態の変化

 

酸化物人工量子井戸におけるモット絶縁体-金属転移の研究

銅酸化物高温超伝導体などの非自明なメカニズムで発現する超伝導の多くは、二次元モット絶縁体にキャリアをドープしたときに発現する。これまでに、遷移金属酸化物の薄膜技術を用いて人工的に二次元モット絶縁体を創成する研究が長年行われてきた。しかし、そこにキャリアをドープして金属化に成功した例はほとんどない。

本研究では、有機金属ガス源を用いた分子線エピタキシー法(MBE)と高温レーザー基板加熱機構を組みあわせ、我々が独自に開発したMBE装置を用いて、バンド絶縁体SrTiO3で強相関金属SrVO3を閉じ込めた単一量子井戸構造を作製した。得られた高品質SrVO3薄膜は、閉じ込め幅の減少で金属から1-2 nm程度でモット絶縁体となった。SrVO3のSrをLaに置換することで電子ドープを行ったところ、明瞭な絶縁体-金属転移の実現に成功した。人工量子井戸構造のモット絶縁体についてキャリア制御による絶縁体-金属転移に成功した初めての例であり、理想的な物質系であるSrVO3の人工量子構造は強相関電子研究の新たな研究プラットフォームであると考えられる。

SrVO3の二次元人工構造と金属絶縁体転移

 

分子線エピタキシー法で作製した高品質ヨウ化物薄膜における励起子特性の解明

ヨウ化物半導体は、強い光吸収や高い励起子安定性を持ち、太陽電池や発光素子などの光機能性材料として注目されている。近年は多彩な磁気構造や量子伝導も報告され、新しい量子物質としての可能性も広がっている。しかし、これまでヨウ化物の単結晶薄膜に関する研究は皆無であった。当研究室では、分子線エピタキシー法によるヨウ化物の高品質薄膜成長法を確立し、ヘテロ接合界面で発現する新規量子物性や機能性を開拓を目指している。

 その一環として、代表的なワイドギャップ半導体であるヨウ化銅(CuI)の薄膜成長を行い、格子整合するInAs基板上に高品質な単結晶薄膜の作製に成功した。作製した薄膜は、非常に高い格子コヒーレンスを持ち、その表面は原子レベルで平坦である。また、低温において非常にシャープな自由励起子発光の観測にも成功した。このような明瞭な励起子発光はCuIのバルク単結晶試料でも観測された例がなく、作製した薄膜が極めて欠陥密度の低い高い結晶性を有することを示している。これは、ヨウ化物薄膜を基軸とする新しい物性研究分野の創出につながる画期的な結果である。

図

エピタキシャル成長したヨウ化銅薄膜からの自由励起子発光の概念図

 

高移動度磁性半導体EuTiO3薄膜によるスピン偏極電子の量子伝導現象

磁性半導体はスピントロニクス応用材料として期待されている。多くの磁性半導体は磁性不純物をドープするため電子散乱により移動度が低く、電子の波の性質を反映した量子干渉効果を観察することは困難であった。我々は、酸化物半導体EuTiO3に注目し、磁性半導体の量子伝導研究を進めた。EuTiO3は反強磁性体であると同時に不純物ポテンシャルを遮蔽する性質をもつ量子常誘電体であるため、キャリアドープしたときの伝導電子の散乱が非常に少ない可能性がある。

有機金属ガス源を用いた分子線エピタキシー法と高温レーザー基板加熱機構を組みあわせ、我々が独自に開発したガスソース分子線エピタキシー装置を用いて、超高品質EuTiO3薄膜成長に成功した。2 Kでの最高移動度は3200 cm2V-1s-1に到達し、磁気抵抗量子振動を明瞭に観察した。量子振動の角度依存性から構築したフェルミ面の形状と第一原理計算を比較して、EuTiO3は磁場下での強磁性状態で伝導電子が100 %スピン偏極しており、3つのTi3dバンドのうちの2つのバンドが量子振動に寄与していることを発見した。EuTiO3はスピン偏極電子の量子伝導現象を研究する理想的な物質であると考えられる。

図

スピン偏極した電子の干渉効果の概念図

 

局所光励起下でのシフト電流発生とその伝達機構の解明

強誘電体などの空間反転対称性の破れた物質は、外部バイアスなしに光電流が発生するバルク光起電力効果を示す。この光電流にはいくつかの起源が提唱されており、長年の論争となっていた。そこで、可視光に対して強い吸収を持つ代表的な強誘電体のSbSIを対象とし、局所光励起下でのポテンショメトリー測定を行うことでその起源を探った。

SbSIの単結晶試料にレーザー光を集光し、光照射部分およびその外側の電位を同時に測定した。その結果、光照射部分では内部電場に逆行する光電流が観測されたのに対し、その外側には自発的に生じた内部電場によって電流が駆動されることがわかった。また、光照射部分の光電流は、試料の抵抗にも全く影響されないこともわかった。以上の結果は、光照射部分で発生する電流が波動関数のベリー位相に駆動されるシフト電流であり、外側には内部電場による通常の散逸的なドリフト電流として伝達することを示している。この結果をもとに、様々な形のデバイスにおけるバルク光起電力効果の予測が可能な等価回路モデルを決定した。さらにデバイス実証に向けて、分子線エピタキシー法による分極軸の揃ったSbSI薄膜の作製にも成功している。

図

強誘電体半導体のSbSIに局所光励起を行ったときの光電流発生の概念図

 

磁気単極子による磁性半導体の電子伝導制御

磁性と伝導の電気的制御が同時に可能となる「磁性半導体」は、新たな低消費電力のスピントロニクス素子候補材料として期待されている。また、電子濃度を容易に制御できる磁性半導体は、異常ホール効果を電気的に制御できるため、応用の観点から注目されている。

運動量空間において「磁気単極子」を創発する「ワイル・ノード」と呼ばれるバンド交差により、異常ホール効果の起源の1つである「内因性異常ホール効果」を定量的に説明できることが知られている。今回、反強磁性EuTiO3半導体において、薄膜の高品質化により、これまでは観測できなかった新しい異常ホール効果を発見した。

外部磁場により強磁性にユーロピウム(Eu)の磁気モーメントがそろう過程で、異常ホール効果が磁化に比例する通常の振る舞いから明らかに逸脱する現状を発見した。そしてこの現象は、ゼーマン分裂がわずかに変化しただけで、ワイル・ノードが創発する磁気単極子のエネルギー位置が変化してフェルミ準位を通過し、電子の軌道を変調するためであることを解明した。

図

運動量空間の磁気単極子(朱色の球)によって変調を受ける電子の運動の概念図

 

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有機強誘電体におけるシフト電流光電変換の実証

空間反転対称性の破れた結晶に光を照射すると、外部電圧なしに自発的に光電流が発生する。この光電流は、ブロッホ波動関数のベリー位相に駆動されるシフト電流であることが近年理論的に明らかになった。シフト電流は、不純物などの散乱の影響を受けない点や、超高速の応答性を示す点など、p-n接合で発生する一般的な光電流とは大きく異なる性質を持ち、革新的な太陽電池や光センサーへの応用が期待されている。しかし、シフト電流を発生しやすい物質の選定基準や、実験的な検証方法は確立していなかった。当グループは、大きなシフト電流を発生する候補物質として有機電荷移動錯体のTTF-CAに着目した。この物質は、分子間の電荷移動によって自発分極が発生する電子型強誘電体であり、シフト電流の増大に必要な条件を満たす。またバンドギャップが0.5 eVと狭く、可視・赤外光に対する強い応答が期待できる。実際にTTF-CAに疑似太陽光を照射したところ、強誘電転移温度以下で、他の強誘電体比べて一桁以上高いゼロバイアス光電流が観測された。また、シフト電流の特徴として、局所光照射で発生するゼロバイアス光電流が非常に長距離伝搬することを明らかにした。

有機強誘電体TTF-CAで発生するシフト電流の概念図

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メンバー一覧

川﨑 雅司 Masashi Kawasaki

グループディレクター m.kawasaki[at]riken.jp

中村 優男 Masao Nakamura

上級研究員 masao.nakamura[at]riken.jp

Denis Maryenko

上級研究員 maryenko[at]riken.jp

高原 規行 Noriyuki Takahara

大学院生リサーチ・アソシエイト

主要論文

  1. M. Ohno, T. C. Fujita, M. Kawasaki

    Proximity effect of emergent field from spin ice in an oxide heterostructure

    Sci. Adv. 10, eadk6308 (2024)
  2. K. S. Takahashi, J. Iguchi, Y. Tokura, and M. Kawasaki

    Metal-insulator transitions in strained single quantum wells of Sr1-xLaxVO3

    Phys. Rev. B 109, 035158 (2024)
  3. N. Takahara, K. S. Takahashi, Y. Tokura, and M. Kawasaki

    Evolution of ferromagnetism and electron correlation in Eu1-xGdxTiO3 thin films with 4<em>f</em><sup>7</sup> configuration

    Phys. Rev. B 108, 125138 (2023)
  4. D. Maryenko, I. V. Maznichenko, S. Ostanin, M. Kawamura, K. S. Takahashi, M. Nakamura, V. K. Dugaev, E. Y. Sherman, A. Ernst, and M. Kawasaki

    Superconductivity at epitaxial LaTiO3-KTaO3 interfaces

    APL Mater. 11, 061102 (2023)
  5. M. Nakamura, R. Namba, T. Yasunami, N. Ogawa, Y. Tokura, and M. Kawasaki

    Crossover from strong to weak exciton confinement in thickness-controlled epitaxial PbI2 thin films

    Appl. Phys. Lett. 122, 073101 (2023)

研究紹介記事