当チームでは、高温超伝導やトポロジカル量子現象といった固体内の電子多体系が示す創発現象の背景にある電子状態の実験的解明を行っている。主に用いる実験装置は、極低温、強磁場、超高真空の多重極限環境で動作する走査型トンネル顕微鏡である。現代の走査型トンネル顕微鏡技術を用いると、原子レベルの空間分解能とマイクロ電子ボルトに及ぶ高いエネルギー分解能で、電子状態に関する膨大な情報を含んだ「電子状態の地図」を作ることが可能となる。我々は、様々な物質の電子状態の地図を解析し、物質機能と電子状態の関係を明らかにしている。また、走査型トンネル顕微鏡技術の高度化、高機能化に関する研究を行う他、未知の創発現象の発見を目指した全く新しい物性計測手法の開発を目指す。
トポロジカル絶縁体表面の質量を持たない電子の直接イメージング
近年発見されたトポロジカル絶縁体と呼ばれる物質群は、バルクは単なる絶縁体であるにもかかわらず表面が金属であり、しかも、表面金属状態を担う電子は質量を持たないという極めて興味深い性質を持っている。さらに、この表面電子のスピンを利用して情報を運ぶことができるため、スピントロニクスへの応用が期待されている。しかし、これらの興味深い性質はいずれも理論的な予言に留まっており、質量の無い電子が持つ性質の実験的な解明はほとんど進んでいない。
当チームでは、トポロジカル絶縁体Bi2Se3表面における質量を持たない電子のナノスケールでの空間構造を、走査型トンネル顕微鏡を用いて直接調べることに成功した。質量を持たない電子の性質は、磁場を印加することで顕著になる。磁場中で電子は周回運動するが、結晶の中に電荷を持つ欠陥があると、周回運動の重心はそれを取り巻くように移動し、「電子の輪」が形成される。我々は、この電子の輪の内部構造に、質量の無い電子特有の性質が現れることを見出した。この内部構造は、電子スピンの分布と密接な関係があり、将来のスピントロニクス応用へ向けた重要な手掛かりになると期待される。
異なるエネルギーを持つ電子に対する「電子の輪」