多電子励起性を帯びた分子の特異的な励起状態と高効率な蛍光
有機分子の励起状態では、電子のフェルミ粒子性・パウリの排他原理により、励起三重項準位T1は励起一重項準位S1より、交換相互作用2·K分安定化する。一方でシクラジンやヘプタジン誘導体において、S1がT1より低エネルギー (ΔEST = E(S1) – E(T1)< 0)である可能性が報告されている(Leupin et al., JACS 1980; Ehrmaier et al., J. Phys. Chem. A 2019)。我々は、置換ヘプタジン誘導体を新しく合成し、遅延蛍光成分の温度依存性、過渡吸収測定から、–11 meVの負のΔESTを実験的に実証した。また従来の一電子描像に基づくDFT量子化学計算ではΔESTは正の値になるが、多電子励起を考慮した量子化学計算では負の値を示し、S1の安定化がヘプタジン骨格に由来する二電子励起性に由来していることを示した。逆項間交差速度は項間交差速度よりも速くなり、大幅に短い遅延蛍光・過渡EL寿命を示した。これは、励起状態での多電子励起性により、S1とT1がエネルギー的に反転した特異的な発光特性を実現した例である。
励起一重項準位と励起三重項準位が逆転する分子構造とエネルギー準位図
単純立方格子状に自己集合するコロイド半導体量子ドット
コロイド半導体量子ドット(半導体ナノ結晶)は、LED、太陽電池、トランジスタ、センサー、バイオイメージング、単一光子発生源、光触媒など、多岐にわたる応用が期待されている。球形のコロイド量子ドットは、面心立方格子または体心立方格子状に充填される。しかし、単純立方格子では空間充填率(結晶内で粒子が占めている体積分率)が低いため、集合による粒子あたりのエネルギー利得が少ないことから、そのような量子ドット超結晶の作製は困難であった。我々はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法を用いて、硫化鉛(PbS)コロイド量子ドットにおいて連続的かつ選択的に配位子を一部除去した後、量子ドット超結晶を作製した。その超結晶では隣接するコロイド量子ドット同士が融合・接触することなく、単純立方格子状での3次元自己集合を実現した。単純立方格子では、他の充填様式とは異なる特異的な光・電子物性の発現が期待されており、その解明を進めている。
PbSコロイド量子ドットが単純立方格子状に集合した超結晶、その超結晶表面の電子顕微鏡像、充填様式図
自己組織化的に1次元に並ぶコロイド量子ドット
コロイド半導体量子ドットは集合状態において、1粒子とは異なる特異的な性質の発現が期待されている。2次元や3次元での規則的な配列制御は数多く報告されている。しかし、そのような量子ドットはほぼ3次元等方的な球形状を有しており、自己組織化的な1次元配列制御は極めて難しい。
我々はコロイド半導体量子ドットのPbSO4ナノリボンへの自己組織化的吸着による1次元配列に成功している。量子閉じ込め効果を発現する、粒径が3.4 nmおよび9.3 nmの硫化鉛、4.0 nmの硫化カドミウム量子ドットを合成した。粒子サイズがナノリボンの幅(40 nm)より十分に小さいにもかかわらず、ナノリボン上において量子ドットは2次元状に凝集せずに、1次元的に自己組織化し1本鎖を形成している。ナノリボン上のアルキル配位子の密度により、コロイド量子ドットの1次元配列・集合様式を制御し、無秩序に折れ曲がった線状体から、まっすぐな1本鎖、まっすぐな2本鎖の選択的な作り分けにも成功している。低次元量子共鳴細線の構築によりナノエレクトロニクスデバイスへの応用が期待される。
一次元に自己配列したコロイド半導体量子ドット. 左) 硫化鉛量子ドット (9.3 nm), 右) 硫化カドミウム量子ドット (4.0 nm)
一つの光子から二つの電子・正孔対を生成する光電変換分子
一重項励起状態にある分子が隣接する基底状態の分子とエネルギーを分け合い、複数の三重項励起状態を生成する一重項分裂現象は、多重励起子生成過程として注目を集めている。生成した三重項励起子がそれぞれ電荷分離することで、一つの光子から複数の電子・正孔対が生成するため、光電変換効率の飛躍的向上が期待されている。一重項分裂のための、エネルギー条件E(S1) ≥ 2 × E(T1)と分子間の密なパッキングの両立は、ペンタセンやテトラセンなどの縮合多環系分子に限られていた。
我々は、ビラジカル共鳴構造を組み込んだπ共役分子の設計により、励起三重項準位の適度な低下と制御を実現し、非縮合多環系分子骨格に基づく一重項分裂性分子を作り出した。チエノキノイド化合物をp層に用いた光電変換素子では、対応するn層分子のLUMO準位とチエノキノイド化合物T1準位の大小関係により光電流応答に明確な差異が現れ、一重項分裂により生成した三重項励起子の電荷分離を明らかにした。多様な有機合成的修飾が可能な一重項分裂分子の創出は、励起準位やスピン多重度の自在な制御による次世代光電変換デバイスへの可能性を示している。
一重項分裂性チエノキノイド分子と光電流スペクトル(左)
一重項分裂と三重項励起子の電荷分離のエネルギー準位図(右)