磁気スキルミオンのナノ秒実時間イメージング
磁気スキルミオンは磁性体に現れるナノスケールの渦状のスピン構造である。磁気スキルミオンはトポロジカルに守られた粒子のようにふるまうことで知られているが、その生成や運動、消滅の過程の実験的観測は困難であった。当チームでは、超高速時間分解ローレンツ透過電子顕微鏡を用いたポンププローブ実験により、室温キラル磁性体におけるスキルミオンのダイナミクスをナノ秒・ナノメートルの分解能で計測することに成功した。下図は、ナノ秒光パルスによる熱励起後、スキルミオンが1ナノ秒未満で分裂、5ナノ秒で収縮変形、10ナノ秒から4マイクロ秒の広い時間領域でドリフトし、5マイクロ秒程度で再結合する様子をとらえたものである。これらの実時間計測により、スキルミオンに働くマルチスケールな相互作用や、寿命や摩擦効果と乱れの関係など、スキルミオン制御にとって重要な情報を得ることが可能となる。
超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡により得られた磁気スキルミオンのナノ秒-マイクロ秒ダイナミクス https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abg1322
鉄系超伝導体における超高速ネマティック電子励起の実時間計測
電子の回転対称性が自発的に破れた液晶的な量子状態として、電子ネマティック相が注目されている。鉄系や銅酸化物の高温超伝導体では、ネマティック秩序やそのゆらぎが超伝導発現において重要な役割を果たす可能性が示唆されている。しかし、これまでの研究は主に熱平衡下での実験に限られており、ネマティック固有の励起やダイナミクスは結晶格子との結合により凍結し、いまだ観測できていない。我々はフェムト秒光パルスにより鉄系超伝導体FeSeの電子ネマティック状態を撹乱し、時間、エネルギー、運動量、軌道を分解可能な光電子分光測定により、電子系の超高速ダイナミクスを検出した。楕円型フェルミ面の異方性を直接観察することにより、強励起時にはネマティシティが急速に消失した後に減衰振動する様子が観測された。この短寿命のネマティック振動は、Fe 3dのxzとyz軌道成分の不均衡とも対応しており、励起光強度の関数として閾値的振る舞いを示す。このようなリアルタイム観察により、格子から切り離された電子ネマティック励起の性質が明らかになった。
時間分解角度分解光電子分光(左上)、フェルミ面過渡応答の模式図(左下)および得られたフェルミ波数の超高速時間変化(右)
超伝導体の表面におけるトポロジカルな電子状態の観測
近年、表面に特殊な電子構造(トポロジカル表面状態)をもつトポロジカル物質が注目を集めている。トポロジカル表面状態においては、質量ゼロのディラック電子が出現するとともにその電子スピンの向きが電子の運動量に垂直な方向に分極しており、バルク(固体内部)とは全く異なる電気的磁気的機能の創出が期待されている。このため、絶縁体、金属、超伝導をはじめとする多様な性質を持つトポロジカル新物質の探索が精力的に行われている。我々はスピン分解・角度分解光電子分光法により、大きなスピン軌道相互作用を持つ超伝導体PdBi2の固体内部と表面における電子バンド構造とスピン分極をそれぞれ詳細に観測することに成功した。この超伝導体の表面において、トポロジカル絶縁体とよく類似したスピン分極を持つ表面バンドが実現することを実験的に明らかにするとともに、第一原理計算で波動関数を解析することによりこのバンドがトポロジカル表面状態であることを証明した。今後は超伝導凝縮状態における表面状態の観測を行うとともに、さらなる新物質の探索を目指す。
スピン分解角度分解光電子分光により得られたバンド構造(左、中)およびスピン分極(右)