第一原理磁気構造予測
磁性体の物性は磁気構造の対称性によって決められる。しかしながら、ノンコリニア磁性体のように磁気構造が複雑で自由度が大きい場合、結晶構造の情報だけからスピン配置を予測することは難しい問題である。この問題に対し、我々は磁気構造をクラスター多極子で表現するアプローチとスピン密度汎関数理論を組み合わせて効率的な第一原理磁気構造予測法を構築した。
この方法では、磁気構造を多極子展開することでエネルギー的に安定になる可能性の高い構造を効率的に生成する。生成した構造を初期配置としてスピン密度汎関数理論による計算を行い、安定構造を探索する。131の磁性体についてベンチマーク計算を行ったところ、3000程度の計算(ひとつの物質あたり20程度の計算)でほぼすべての物質について実験磁気構造の再現に成功した。
この方法に従えば結晶構造のみが知られている磁性体に対する磁気構造と物性予測のハイスループット計算が可能となり、今後機能磁性体の系統的探索への応用が期待される。

磁気構造予測法の概念図。
高温超伝導体LaH10における高圧下の量子固体状態
室温超伝導の実現は、固体物理学における最も挑戦的な課題の一つである。最近、LaH10に130 GPa以上の圧力をかけると、La原子のまわりにH原子が籠状の構造をつくる状態が実現し、そこで250 Kないし260 Kの転移温度をもつ高温超伝導が実現されることが発見された。この転移温度は室温からわずか40 Kほど低いもので室温超伝導実現にむけて大きなステップとなる。しかしながら、原子核を古典的な粒子として扱う標準的な計算によると、高温超伝導が実現する対称性の高い構造は230 GPaもの圧力をかけないと安定化しない。実験で高温超伝導が観測されている圧力領域でなぜ対称性の高い構造が実現するかが大きな問題であった。
この問題を解決するため、我々は原子核を量子的に扱う計算を行った。その結果、古典的な計算では安定構造がいくつも存在するが量子効果を取り入れることでエネルギー曲面が平滑化されることがわかった。このことは、対称性の高い構造を安定化するのは水素原子の原子核の量子効果であることを示す。我々はこの結果に基づいて超伝導転移温度の計算も行い、実験で観測されている圧力依存性を再現することに成功した。

LaH10の結晶構造および原子核を古典的に扱う計算によるエネルギー曲面と量子効果をとりいれて複雑な構造がなくなったエネルギー曲面の概念図。
機能反強磁性体に対するクラスター多極子理論
近年、機能性反強磁性体がもつ可能性に注目が集まっている。強磁性体を使った材料と異なり、反強磁性体を使った材料には様々な利点がある。一様磁化が小さいため、外部磁場による摂動に強く、データ保持の点で有利である。また、漏れ磁場がないため、高密度デバイスを作る上でも有利である。さらに反強磁性体のエネルギースケールは強磁性体に比べて大きいことが多く、高速データプロセスが期待できる。
反強磁性体Mn3X (X=Sn, Ge)における巨大な異常ホール効果、異常ネルンスト効果、磁気光学カー効果の発見に触発され、反強磁性体におけるこれらの効果を特徴づけるための新しい秩序変数としてクラスター多極子という量を導入した。クラスター多極子は反強磁性体の物性について対称性に基づいた議論をする上でも便利であるが、磁気構造のデータベースを作成したり、新しい反強磁性体の系統的な物質設計をしたりする際にも有用であることがわかった。

Mn3X (X=Sn, Ge)におけるクラスター八極子。異常ホール効果、異常ネルンスト効果、磁気光学カー効果の起源となる。