計算物質科学研究チーム

主宰者

主宰者名 有田 亮太郎 Ryotaro Arita
学位 博士(理学)
役職 チームリーダー
略歴
2000 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程修了
2000 東京大学大学院理学系研究科 助手
2004 マックスプランク固体研究所 博士研究員
2006 理化学研究所 古崎物性理論研究室 研究員、専任研究員
2008 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 准教授
2011 科学技術振興機構さきがけ
2014 理化学研究所創発物性科学研究センター 強相関物理部門 計算物質科学研究チーム チームリーダー(現職)
2018 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授
2022 東京大学先端科学技術研究センター 教授 (現職)

研究室概要

当チームでは、非経験的計算手法によって、物性理論における新概念と密接に関連する物質や機能物質としてユニークな可能性をもつ物質の電子物性を調べている。特に銅酸化物、 鉄系超伝導体、有機•炭素系超伝導体、5d遷移金属化合物、重い電子系、巨大ラシュバ系、トポロジカル絶縁体、ゼオライトなどといった強相関電子系やトポロジカル物質に興味を持っている。より長期的には、多体効果に由来する新奇物性の予言や物質設計の新しい指導原理の確立を目指している。密度汎関数理論の拡張や密度汎関数理論とモデル計算法の融合など第一原理電子状態計算の方法論開発にも興味をもって取り組んでいる。

研究分野

物理学、材料科学

キーワード

第一原理計算
理論物質設計
強相関電子系

研究紹介

スピン結晶群による磁性体の創発的応答の分類

電子が持つ内部自由度であるスピンはその秩序化(磁性)を通じて多様な物性をもたらす。特にスピンと電子の軌道運動を結びつけるスピン軌道相互作用があると、磁性が電気伝導性や弾性特性といった物質の性質と結びつき、異常ホール効果や磁気歪みといった形であらわれる。しかし、スピン軌道相互作用は相対論的効果に由来し、鉄やマンガンといった典型的な磁性元素では一般に効果が弱く、物性探索における元素選択性を制限してしまう。一方、ベクトルの総和がゼロになる反強磁性体では、スピン軌道相互作用に依存せず、非自明な磁気構造に由来する電磁応答が現れる。

このような反強磁性体の性質に着目した物性探索を行う際、磁気構造の対称性の解析が重要な役割を果たす。よく用いられるのは磁性空間群であるが、これはスピン軌道相互作用の存在を暗に仮定しているため、創発的な電磁現象の対称性解析には適用できない。そこで、我々はスピン軌道相互作用による拘束条件を考慮しないスピン空間群に注目し、磁性によって駆動される物性を簡便に同定する手法を開発した。この手法は、創発物性を理解し、予測するための指針となる。

非自明なスピン空間群対称性を持つ非共面的なスピン構造の例。

 

第一原理磁気構造予測

磁性体の物性は磁気構造の対称性によって決められる。しかしながら、ノンコリニア磁性体のように磁気構造が複雑で自由度が大きい場合、結晶構造の情報だけからスピン配置を予測することは難しい問題である。この問題に対し、我々は磁気構造をクラスター多極子で表現するアプローチとスピン密度汎関数理論を組み合わせて効率的な第一原理磁気構造予測法を構築した。

この方法では、磁気構造を多極子展開することでエネルギー的に安定になる可能性の高い構造を効率的に生成する。生成した構造を初期配置としてスピン密度汎関数理論による計算を行い、安定構造を探索する。131の磁性体についてベンチマーク計算を行ったところ、3000程度の計算(ひとつの物質あたり20程度の計算)でほぼすべての物質について実験磁気構造の再現に成功した。

この方法に従えば結晶構造のみが知られている磁性体に対する磁気構造と物性予測のハイスループット計算が可能となり、今後機能磁性体の系統的探索への応用が期待される。

図

磁気構造予測法の概念図。

 

高温超伝導体LaH10における高圧下の量子固体状態

室温超伝導の実現は、固体物理学における最も挑戦的な課題の一つである。最近、LaH10に130 GPa以上の圧力をかけると、La原子のまわりにH原子が籠状の構造をつくる状態が実現し、そこで250 Kないし260 Kの転移温度をもつ高温超伝導が実現されることが発見された。この転移温度は室温からわずか40 Kほど低いもので室温超伝導実現にむけて大きなステップとなる。しかしながら、原子核を古典的な粒子として扱う標準的な計算によると、高温超伝導が実現する対称性の高い構造は230 GPaもの圧力をかけないと安定化しない。実験で高温超伝導が観測されている圧力領域でなぜ対称性の高い構造が実現するかが大きな問題であった。

この問題を解決するため、我々は原子核を量子的に扱う計算を行った。その結果、古典的な計算では安定構造がいくつも存在するが量子効果を取り入れることでエネルギー曲面が平滑化されることがわかった。このことは、対称性の高い構造を安定化するのは水素原子の原子核の量子効果であることを示す。我々はこの結果に基づいて超伝導転移温度の計算も行い、実験で観測されている圧力依存性を再現することに成功した。

 

図

LaH10の結晶構造および原子核を古典的に扱う計算によるエネルギー曲面と量子効果をとりいれて複雑な構造がなくなったエネルギー曲面の概念図。

 

機能反強磁性体に対するクラスター多極子理論

近年、機能性反強磁性体がもつ可能性に注目が集まっている。強磁性体を使った材料と異なり、反強磁性体を使った材料には様々な利点がある。一様磁化が小さいため、外部磁場による摂動に強く、データ保持の点で有利である。また、漏れ磁場がないため、高密度デバイスを作る上でも有利である。さらに反強磁性体のエネルギースケールは強磁性体に比べて大きいことが多く、高速データプロセスが期待できる。

反強磁性体Mn3X (X=Sn, Ge)における巨大な異常ホール効果、異常ネルンスト効果、磁気光学カー効果の発見に触発され、反強磁性体におけるこれらの効果を特徴づけるための新しい秩序変数としてクラスター多極子という量を導入した。クラスター多極子は反強磁性体の物性について対称性に基づいた議論をする上でも便利であるが、磁気構造のデータベースを作成したり、新しい反強磁性体の系統的な物質設計をしたりする際にも有用であることがわかった。

図

Mn3X (X=Sn, Ge)におけるクラスター八極子。異常ホール効果、異常ネルンスト効果、磁気光学カー効果の起源となる。

メンバー一覧

有田 亮太郎 Ryotaro Arita

チームリーダー arita[at]riken.jp

酒井 志朗 Shiro Sakai

上級研究員

村上 雄太 Yuta Murakami

研究員

Hsiao-Yi Chen

客員研究員

大岩 陸人 Rikuto Oiwa

基礎科学特別研究員

Jean-Baptiste Pierre Guy Moree

基礎科学特別研究員

清水 宏太郎 Kotaro Shimizu

基礎科学特別研究員

野垣 康介 Kosuke Nogaki

基礎科学特別研究員

Ming-Chun Jiang

国際プログラム・アソシエイト

主要論文

  1. Y. Nomura, S. Sakai, and R. Arita

    Fermi Surface Expansion above Critical Temperature in a Hund Ferromagnet

    Phys. Rev. Lett. 128, 206401 (2022)
  2. Y. Nomura, and R. Arita
    Superconductivity in infinite-layer nickelates
    Rep. Prog. Phys. 85, 052501 (2022)
  3. M.-T. Huebsch, T. Nomoto, M.-T. Suzuki, R. Arita,

    Benchmark for Ab Initio Prediction of Magnetic Structures Based on Cluster-Multipole Theory

    Phys. Rev. X 11, 011031 (2021)
  4. T. Nomoto, T. Koretsune, and R. Arita

    Formation Mechanism of the Helical Q Structure in Gd-Based Skyrmion Materials

    Phys. Rev. Lett. 125, 117204 (2020)
  5. J. A. Flores-Livas, L. Boeri, A. Sanna, G. Profeta, R. Arita, and M. Eremets

    A perspective on conventional high-temperature superconductors at high pressure: Methods and materials

    Phys. Rep. 856, 1 (2020)

研究紹介記事