トポロジカル磁性体におけるスキルミオン構造の非対称ダイナミックスの検証
トポロジカル磁性体であるMnSiに見られるスキルミオン構造は、従来の電子工学に代わる新技術として注目されるスピントロニクスの研究対象として活発に調査されている。スキルミオン構造の特長は、μeVという非常に微小なスケールのエネルギーで外場に応答する能力にある。さらに、理論上、スキルミオン構造は印加された磁場に平行および反平行な方向に非対称な振る舞い(ダイナミクス)を示すと予測されていた。通常、磁性体の磁気的な振動を逆格子空間で観察するには、熱中性子源を使用した三軸分光器による中性子非弾性散乱実験が適しているが、μeVのエネルギー領域の揺動には、この方法は使用できない。これに対し、我々は、フランスのILLにある世界最高性能を誇るスピンエコー装置を用いて実験を行い、MnSiのスキルミオン相での低エネルギー励起を詳細に観測することに成功した。
MnSiで観測された位相変化の磁場方向依存性
空間反転対称性の破れたLaNiC2の格子振動と超伝導発現機構
LaNiC2は、Tc=2.7Kの空間反転対称性が敗れた超伝導体である。また、理論家が、この物質について、温度の低下に伴い格子系がコーン異常を示すことを予言している。希土類金属ホウ炭化物超伝導体(例:YNi2B2C)は、温度の低下に伴い、フェルミ面のネスティングが期待される特定のqでコーン異常が観測されるばかりでなく、その揺動スペクトラムが超伝導相でレゾナンス的な振る舞いを示すことが知られている。我々は、LaNiC2でもYNi2B2Cと同様、温度の低下に伴うコーン異常、および、超伝導相でのレゾナンス的な振る舞いが観測される可能性があると考え、その検証のために中性子非弾性散乱実験を行っている。2020年度は、新たな中性子実験を行うことは不可能であったため前年度日本原子力研究開発機構のJ-PARC物質生命科学実験施設内、高分解能チョッパー分光器HRCで測定した4次元データの解析を行った。結果、縦波横浪の音響波が特定され分散関係をほぼ確定することに成功した。また、より高エネルギー側に一定量のフォノンスペクトラルが観測されていることも明らかになったが、散乱強度が弱く、分散関係まで特定することは難しいことがわかった。今後、実験に使う単結晶量を大幅に増やして、同機構の実験用原子炉JRR-3にて中性子非弾性散乱実験を行うことでこの系の格子揺らぎの分散関係の全貌、および、コーン異常、レゾナンス的振る舞いの有無について明らかにすることを計画している。
(H0L)に観測された格子励起スペクトラム(T=300K、7<E<9 meV)
CeRh0.6Co0.4In5の磁気揺らぎと超伝導発現機構
CeCoIn5は、超伝導転移に伴い出現するレゾナンスピーク、「Q相」と呼ばれる超伝導相内でのみ安定化するSDW磁気秩序や異常準粒子の振る舞いが指摘されたことからf電子系新奇超伝導体の中でも特に注目される系である。本研究では、この系の磁性と超伝導の関係性を明らかにする目的で、関連物質であるCeRh0.6Co0.4In5の非弾性中性子散乱実験を行った。その結果、超伝導転移に伴うレゾナンスピークは検出されなかったが、反強磁性転移温度以下(1/2 1/2 l)にスピン波励起が現れることがわかった。また、その励起のエネルギー依存性を解析したところ、[h h 0]方向の分散関係がlにほぼ依存しないことが明らかになった。このことは、この系に2次元的なスピン相関が存在することを示唆している。今後、この系の超伝導と磁性の関係性を明らかにするためにCeRh0.2Co0.8In5の実験を進めることにしている。
(1/2 1/2 l)に観測された磁気励起の分散関係。
超伝導体 β−PdBi2 の中性子小角散乱実験
トポロジカル超伝導体では、試料内部は通常の超伝導状態であるが、表面にマヨラナ粒子と呼ばれる特異な粒子が現れることが期待されている。トポロジカル超伝導体の候補物質であるβ-PdBi2(空間群I4/mmm、Tc = 5.4 K)は、光電子分光法や走査型トンネル顕微鏡法/分光法の測定から、固体表面にスピン偏極した特異な電子状態を持つことが報告され注目を浴びている系である。我々は、この系の超伝導対称性とギャップ構造について知見を得るため比熱測定および、中性子小角散乱実験による磁束観測を行った。磁束観測では、散乱強度の温度変化からβ-PdBi2の超伝導ギャップが異方的full-gapであることを確認した。また、そのパラメタを用いて比熱の温度変化が再現できることを明らかにした。
性子小角散乱法により観測されたβ-PdBi2の磁束格子からの磁気散乱の温度変化